依存している事実に気づくと感謝が生まれる

私自身、一昔前の人間関係を

振り返っていて思うことが、

結局のところ障害を作っていたのが

『自分のエゴ』でした。

 

私自身、

長男として生まれたこともあってか

特に自立や1人でやることを

求められていた気がします。

 

当時の解釈なので今はそこまで

思い込んでいるわけではありません。

 

しかし、幼少期の頃は

子供は大人の言葉に敏感なものなので、

不意な一言が思い込みを作ってしまうことも

多々あります。

 

「自立することはカッコいい」

「1人でできるとご褒美がもらえる」

幼心なりに

そう思い込むようになりました。

 

人と一緒にいてつるむことが

「格好悪いこと」

「人に頼ることはダサい」

と思っていたんです。

 

自分では

気づいていなかったんですけど

無意識にそう思ってたんですね。

 

幼い頃に作られた神話によって、

何でもかんでも1人でやることに

こだわっていたのです。

 

私自身、

人間関係を苦手にしていたのは

『自立』への執着でした。

 

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人に頼りたくなった瞬間に

どこか罪悪感が出てきました。

 

「これくらい1人でできないでどうする」

「これは俺に与えられた試練なんだ」

 

いつも誰かに助けを求めたいと思った

その瞬間にそんな心のささやきが

聞こえてくるんです。

 

そうやって誰かに頼ることや

誰かと一緒に何かをすることを

酷く拒んでいました。

 

こう聞くと一見立派そうで

辛抱強く見えますが・・・

 

「頼ったら怒られる」

「1人でできないとバカにされる」

そういった恐怖の感情に

ただ負けていました。

 

そして

「自立している人間は偉い」

 

そういった強烈な思い込みによって

私は支配されていました。

 

でも実際のところは

どうなのかというと・・・

 

何でも自分でやっている

つもりになっていただけ

人に依存していた数の方が

実際は多かったりします。

 

気づけていないだけで。

 

「自立しよう」と

強く思い過ぎていた私は

誰かに助けられていたという

事実に気づけてなかったんです。

 

周りの人に対しても心の中では

「それぐらいのこと1人でやれよ」

「俺はこれだけしてやってるのに

なんでお前はわかんないんだ!」

 

何をしても

恩着せがましくなっていたり

相手から何かと見返りや報酬を

求めてしまう。

 

そんな心理状態に

なっていたんです。

 

『自立と依存は表裏一体』

 

私自身が、人間関係に

無理がなくなったのはこの概念を

体に落とし込んでからです。

 

人間は

自立して生きることでさえ

結局は誰かによって支えられていたりします。

 

たとえば、

「私がいないと何にもできないんだから!」

としっかりもので男性に憎まれ口を叩く女性でも

結局は誰かに頼られることに自分の居場所を見出し

そこに依存していたりするものです。

 

おそらく

世間一般で言われる自立は

「自分で稼いだお金で生きていくこと」

というイメージだと思います。

 

でもよくよく考えてみると

自分自身が活躍できる場所や

自分自身を支持してくれる人が

いるからこそ

 

自立が成り立ちます。

 

 

活躍させてくれる場所や

付いてきてくれる人がいなければ

自立することすら叶いません。

 

依存してくれる人の存在なしに

自立というものは

存在しないんです。

 

自立そのものが

依存であり、

表裏一体なのです。

 

この概念が落とし込めたとき

変に頑張らなくもなったし

自分らしく生きれるように

なりました。

 

「俺は自立もしてもいいし

 依存もしていいんだ。」

 

そう思えたとき

ニュートラルな自分になれて

自立にこだわらなくなったんです。

 

人は強いようで弱い。

そして、弱いようで強い。

 

人は孤独になった瞬間

すごく弱くて

何もできなくなります。

 

幸せも

感じられなくなる。

 

でも

 

たくさんの人が集まって

それぞれが助け合えば

自分では到底成し得られない

大きなパワーが生まれれます。

 

そして、

それによって幸せも

感じられるようになっていきます。

 

もちろん自立することは

生きていく上で

必要なことなんですが・・・

 

それを目的にしてしまうと

本来の自分が望んでいることも

見失ってしまうと思うのです。

 

すべては恩返し

 

「自分は人から受け取っている」

事実にどこまで気づけるか?

 

それがカギになってきます。

 

「私は自立している」

そう思えば思うほど

受け取っている事実に

気づけなくなるんです。

 

「貰うのが当たり前」

 

無料で何かのサービスを受け取ることが

多くなっているこの時代には

貰っている事実にも気づいていないことが

たくさんあります。

 

与えてもらっていることに

気づけていなければ

一方通行ですよね?

 

私の周りでも

常にプンプン怒っている人が

結構いるんですが、

 

もらっている事実に

気づいていないんです。

 

自分が人に対して

『してあげたこと』しか

脳みそにないわけです。

 

「私はあんたにこれだけのことを

してあげているのに!」

と常にモヤモヤした状態に

なって貰っている事実に気づけないままでいます。

 

「何かをしてあげてる」

「何かをしてあげたい」というのは

してあげたことに対する結果に

相手の反応を入れてしまってますよね。

 

だから

自分が期待していたことと

相手が違うことをすれば

怒りを感じてしまうんです。

 

でも普段から

「この人から頂いている」

ということに気づけていれば

自然と恩返しの気持ちが

湧いてきますよね。

 

だから

相手に見返りを求めることもないし

恩返しという形で

常に自己完結になるんです。

 

人から愛されている人は

人から貰えていることに

気づけている人です。

 

そして、

人からしっかりと好意を

受け取れている人です。

 

『愛』という漢字をバラすと

2つの漢字が見えてきます。

 

「受(うける)」+「心(こころ)」

 

心を受け入れることが

『愛』なんです。

  

どこまでこのマインドを

深く刻んでいけるか・・・

 

それが愛される人になっていく

第一歩だと思います。

 

最後までご覧いただき

ありがとうございました。

 

 

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